賀正、あべこべです!(f/f)


ゆうじさん作


ユキちゃん、みてみて。


呼びかけに、赤ら顔でふりむいたのは6歳年上の従姉妹のユキ。酔っ払いそのもののゴキゲンな明るい声で「やっぽ、すず音!一年見ない間にまた身長伸びたかぁ、そのうち家の天井も突き破っちまうな、ゲハハハ」といつものいじわるが飛び出してくる。

すず音はぷくっと頬をふくらませ、祖母に着つけたもらった晴れ着の袖をふりながら「見ることがちがうでしょっ」と今年ハタチになったばかりの従姉妹を叱りつける。

「おばあちゃんに着せてもらったの、どう?似合う?」

「あー、似合う、似合う」と適当に調子をあわせて「あたしは着たことないけど、着物のしたってノーパンてほんと?どんな風になってんの?」ペラッと裾をまくろうとしてくる不届き者。

「やめてよっ、もう!」

白い足袋のつまさきで彼女の手を踏んづけると「いったぁいっ」と軽快な悲鳴がとぶ。二十歳の女子大生には違いないのだが、ユキは見た目も中身も同級生の男の子とおなじ……単純で、いじわるで、成熟しはじめている十四歳の女の子への配慮がなにもなく、ただただ幼い。

「ユキちゃん、もうハタチなんでしょう、大人なんでしょう。いじわるしないで、ちゃんとすず音の話を聞いてよ」

「へっ、身長ばっかあたしよりぐんぐん伸ばした可愛くない従兄弟にかける言葉なんてないね。おばさんに聞いたよ、バレー部の次期キャプテンなんだって?ばっかだなぁ、バレーなんてしたら身長がさらにのびるだけじゃないか。余計可愛くなくなるぞ!」

「そんなことない!すず音、学校じゃけっこうモテるんだから!」

「はぁ?なんで」

大仰にかおをゆがめた従姉妹の疑問にホンキをかんじとり、すず音の怒りはますます大きくなる。

「なんでって、知らないわよっ。でもユキちゃんなんかよりモテるのは確かなんだから。なによ、いっつも男の子みたいなかっこうして、童顔で、すず音よりも年下に見られるくせに偉そうに」

すず音の言葉通り、今年でハタチになるはずのユキはデニムのショートパンツにスポーティな青いシャツを合わせ、一見背のひくい少年のようだった。数年前までは「カッコイイ」「イケメン!」と黄色いこえも飛んでいたが、いまではどの年代からも「かーわーいーい(笑)」という感想しかもらえないお粗末な外見。それによほど深いコンプレックスを抱いて溺れまわっているのか、彼女は年下のすず音に大人げなく当たり散らす。

「ふん、ばーか、ばーか。顔が若く見られたって年上は年上なんだよ。現にあんたのおしめ替えてる写真だってあるじゃんか。いまここのおっさんたちの前でその写真持ってきてやろうか、ん?」

どんなに呆れてみせてもやはり年長故の狡猾さか、すず音は彼女に口ではけっして勝てない。すず音のかおは髪にさした椿の花飾りよりも真っ赤に染まり、「そんなことしたらただじゃおかないからっ」と怒鳴って母親たちが機敏にうごく台所まで逃げることしかできなかった。



着物の膝をかかえて台所でうずくまるすず音に、いなりずしを拵えている祖母が笑って語りかける。

「気にすることないよぉ、ユキは、一応年上だからってスズちゃんに威張りたいだけなのよ。すず音は勉強も運動もできるし、じぶんよりも背が高くて大人っぽいもんだから、あの子きっと羨ましくてしかたないのねぇ」

「……ユキちゃん、ちいさくて可愛いのに。すず音よりもずっと可愛いのに」

同級生よりも身長がたかく、どうしても大人っぽくみられるすず音はユキのおさなさこそが魅力的にうつっていた。いうなれば、芸能人や雑誌のモデルにあこがれる気持ちに似ている。ユキこそはすず音の理想を集約した人間だった。あの下劣な中身さえなければ、崇拝者になっていたとしてもおかしくない。

「おばあちゃんにはどちらも可愛い孫にはちがいないよ。スズちゃんがどんなに背が高くて怪獣みたいでも、おばあちゃんからはやっぱり可愛いスズちゃんだし、ユキちゃんがどんなに憎まれ口たたいても、やっぱりどうしようもなく可愛いからねえ。ああ、困った、困った。可愛い孫たちがケンカなんかしていたらおばあちゃん悲しいわ」

大好きな祖母にそこまで言われてしまったら、おばあちゃんっこのすず音は大きなため息とともにでも折れるしか無い。立ち上がり、もう一度みせびらかすようにその場でクルリと回ると「ねえ、やっぱり着物、おかしくない?かわいい?」と祖母に確かめた。

「うんうん、まちがいなく可愛いよ。ユキちゃんは大人たちのまえだと素直になれないから、ふたりっきりの時にきいてごらん。今度こそちゃんと褒めてくれるよ」

「うん、ありがとう、おばあちゃん」

数時間後、親戚の酔っ払いたちが家にあるだけの食料を食い尽くし、出涸らしとなった居間にポツンとのこされたユキをみつけた。飲みなれない酒に呑まれ、邪魔者として捨て置かれている。

テーブルにはすず音の書道道具がおかれている。学校の宿題で書き初めを提出することになっており、道具を無造作においていたものだ。それをユキがぼんやりしたかおで手繰り、小学生のらくがきのように墨と筆で遊んでいる。

「ユキちゃんっ、半紙勝手につかったらダメじゃない。もう数がすくないんだから宿題の分できなくなっちゃうよ」

「あー?半紙ぐらいいまどきスーパーでも売ってるって、この時期。もう、うっさいなぁ」

「そもそもコレすず音の物でしょ、勝手に使わないでったら」

「スズ。あんまり怒ってばかりいると、ハタチになったころにはシワシワ婆ァになっちゃうぞー」

小狡いネコのように目をほそめ、すず音のやわらかいほっぺたをつねってひねる。

「だれがそうさせてるのよっ!」腹筋をつかって大きく吐き出すように怒鳴ると、とたんにその怒りはしおしおと萎れてしまう。どうしても怒らせようとする従姉妹のふるまいは、大人っぽいすず音の、その実ナイーブなちいさな胸を痛める。

「ユキちゃん、どうしてユキちゃんはすず音のいやがることばかりするの?すず音のこときらい?」

「べーつーにー」

酔いのまわったうつろな目をぐるりと回してしばし考える。

「うーん、たぶん、すず音のことは好きだけど、その外見が気に食わない。昔はあたしのひざに乗るぐらい小さかったのに、今は可愛くない」

「ユキちゃんは中身が可愛くないよ。外見はちっさくて可愛くてぎゅってしたいのに、中身は最低だし子どもっぽいし……もうお姉ちゃんなんて思えない」

「あらあら、両思いねえ」

気味がいいほどに「ワタクシ、あなたを馬鹿にしていますのよ」と態度で示すユキに癇癪玉を破裂させたすず音がそのちいさなからだを捕らえようと手をのばす。「おっと、手がすべった」避けたふりでユキは手にした墨汁のボトルを振りたくってすず音に悲鳴をあげさせる。

「きゃー!着物がよごれる〜」

「わはは、いい気味だ!これで近づけないだろうが生意気系巨大女子!くやしかったら追いかけてごらん、お尻ぺんぺーん」

墨汁をピストルのようにふりかざしながらショートパンツのお尻をじぶんの手で叩く。癇癪玉が破裂した……というのは先ほどの例えだが、いま、すず音の頭の中では破裂した癇癪玉からとぐろを巻いたヤマタノオロチやら諸々の荒神が口から火をだしながら爆誕した。ただし、怒りというのは一度沸点をこえると逆に零下までさがるものなのだ。すず音の思考には猛烈な吹雪がふきすさび、声帯までもが冷気をおびた。

「すず音わかった」

「んん?」

「ユキちゃんは外見とおなじく中身も全部こどもなんだ。中学生のすず音よりもずっと子供だし、人の気持ちをかんがえない赤ちゃんとおなじなんだ。むかしみたいに遊んで欲しかったけど、ぎゃくにすず音がお姉ちゃんとして接しなきゃいけないんだよね。うん、そうだ、わかった。すず音、いまからユキちゃんのお姉ちゃんになってあげる……」一呼吸、彼女はためる。「もう、ユキちゃん、墨でいたずらしちゃだめでしょ!」

大きな声におどろいたユキがビクリと肩を震わせ、「え、いや、スズが何言ってるかわかんない。ちょっと落ち着け、ていうか落ち着こうよねえ、す、すず、顔が怖いよ。ただでさえ背が高いのにそんなに見下ろされたらお姉ちゃん怖い!遺憾ながらにとても怖いっ。そのまま近づいてこないで墨をぶっかけるぞ!」

ずんずんと振り回される墨汁に散らされることなく風を切って従姉妹の腕をつかむと、低くささやく。

「貧乏大学生の分際でおばあちゃんの秘蔵の晴れ着の修理費、払えるの?」

「うぐっ、貴様痛いところをつきおって!」

やせっぽっちのからだを抱き上げ、晴れ着のキチンと行儀よく揃えたひざに乗せると、改めておどろくほどちいさなからだだった。

「言ってもわからない悪い子にはひざのうえでおしおき!」

「ぎゃー!なにすんだ、この馬鹿娘っ、ズボンを下ろすな、パンツに手をかけるなー!」

あいらしい桃のようなお尻がみえるとそこに中学生とはいえバレーで鍛えられた腕で平手がふりおろされる。

「ふぎゃぁああっ」

すべすべとした中学生の手のひらが尻をうち、あかい紅葉のような雅な柄に染めていく。

「これも一種の書き初めだよね。朱墨の書き初め」

「なにうまいこと言ったみたいなドヤ顔してんの!?見えないけどイラッとする、すごいイラッとする」

パンッ、パンッ、パンッ、パンッとリズムよくお尻を叩かれるうちに痛みがつのって軽口も叩けないほどに打ちのめされる。

「わー、恥ずかしー。二十歳にもなってお尻叩かれてはずかしくないの?すず音はとっくに卒業してるよ」

ものさしよりも真っ直ぐな棒読みを天真爛漫そのものの笑顔でおとしていく。その恐怖たるや、六歳年上の女を泣かすほどだった。

「う、うるしゃいっ、つか誰の許しを得てワタシのお尻に虐待を!?」

「うるさいのはユキちゃんだって。ユキちゃん、もうすず音にいじわるしないって誓って」

バシッ、バシッ、バシッ、

バシッ、バシッ、バシッ、

ふざけるなーという叫びがユキの胸のうちに渦巻いているが、年下の、それも中学生からあたえられるおしおきが恥ずかしすぎて早く終わりたい一身で「わかった、わかったから!」と手足をばたつかせ大げさに訴える。

「そんな心のこもってない謝り方じゃダメ。心をこめて」

飛んでくる振動が悲鳴を誘発させてふるえがまとわりつく。前後不覚の感覚におちいりながら、ブルブルと柔肌が揺らされ、ユキは正真正銘の泣きをいれた。

「やだやだ、もうやめろよー!」

「じゃあスズにちゃんと謝って」

「ん・ん……うぅう、ご、ごめん…」

パッチィンッッ!

「いたあーっ」

「ちゃんと!あやまるのっ」

「やだぁ」

「やだやだ言っててもおわんないよ」

すず音からみれば大人なのにかよわく震えるユキが涙でうるんだ目で空をみつめ、涙声で哀願してくる。お尻を守ろうとする手をひねりあげて赤くなるお尻にさらなる打撃を加え、年上の女性を泣かせるために手をふりあげる。

「もう、ユキちゃんほんとうに悪い子なんだから。ほら、お尻を逃さないの、ちゃんとごめんなさいっていいなさい」

「ご…ごめんな、さぃ」

ちいさな声で必死に訴えられたが、すず音はそれを無視してまたお尻に平手をふりおろす。

「う・うわぁあ……あ、あ、あ!」

「声がちいさいよ」

嘲笑するように見下ろすと、その視線を盗み見たユキのからだがピクンとはねる。ねじれるようにからだを揺らしながら今度こそ「ごめんなさい、ごめんなさいっ」と叫んだ。もうその時点で許していいはずなのに、すず音はやめなかった。

「いやぁっ、もうごめんなさいって言ったぁ」

「まだなにも聞こえません」

嘆願が終わる前にひときわ大きなふりがユキを打ちのめし、全身にむかって電気をながされたような衝撃が駆け抜ける。

「いったぁああああっ」

それからごめんなさいをいう声は徐々に大きくなり、ついには家中にきこえるようにあやまりつづけさせた。大人たちが戻るころ、ユキは真っ赤になったお尻を抱えてすず音の晴れ着に顔をうずめ、「反省中」と筆で書かれた半紙をつけていつまでもグズグズと泣いていた。

「ほんとうにどっちがお姉ちゃんかわかんないねえ」とおばあちゃんが言う。「いいの」まだ晴れ着は褒めてもらってないけれど、すず音はどこか晴れやかに笑った。

「ユキちゃんの分までスズがお姉ちゃんになるんだから」

エッヘンと胸をはるすず音に「じぶんは決してこんなつもりじゃなかったのに…」とつぶやきながら、年下の中学生がこわくてしばし子どものふりをつづけるユキだった。