姉さんへの片想い |
僕は今、生まれて初めての恋をしている。 十二歳の初恋というのが早いか遅いかはさて置いて。 僕は自分の気持ちに気付いて以来、その人のことばかり考えてしまうようになった。 相手は八つも上の理恵さんという女子大生で、僕が生まれたばかりの頃からお世話になっている人だ。 少し抜けているところはあるものの人の気持ちを汲んでくれる優しい人で、僕とは姉と弟のような関係だった。 血は繋がっていないのだが、外を歩くとよく姉弟として声をかけられる。傍目には、本当の姉弟に見えてしまうらしい。 自分の気持ちに気付く前は、それがとても嬉しいことだった。しかし今は周りの視線がただ恨めしい。 僕がどれだけ想いを寄せても、それが恋愛感情であることは理恵さんを含めてただの一人も気付いてはくれない。 現状を打破するため、告白するチャンスを窺うため。僕は今日も理恵さんの家に通う。 「理恵姉さん、居ますかー?」 玄関から軽く叫んだ僕の声が、誰もいない廊下に響く。 鍵は開いているが留守のようだ。僕らが住んでいる辺りは結構な田舎のせいか、留守の時には鍵をかけるという習慣がほとんどない。 僕の家や理恵さんの家も類に漏れず、たまに思い付いたように鍵をかけることもあるという程度だった。 ちなみに理恵姉さんという呼び方が僕が昔から使っている理恵さんに対しての呼び方で、理恵さんと呼んだことは一度もない。 心の中だけでも恋人気分でいたいと、空想の中では名前で呼んでいるのだ。 「・・・お邪魔しますよー。」 理恵さんが居ないことは多いのだが、今日はお母さんも留守のようだ。僕はひとり居間で待つことにした。 家に誰も居ない時はここでお留守番しててね、と家族公認で番犬のような役目を授かっているのだ。 そのおかげで留守中でも好きな人の家に堂々と上がり込めるのだから、悪い気はしない。むしろ僕だけの特権だ。 いつものように居間に大人しく座り、ガラス越しに外の景色を眺める。 そのまま退屈でウトウトしかけたところに理恵さんが帰ってくる、というのがよく見られる光景だった。 ただ、今日はそもそも理恵さんの家に来る時間帯が少し遅めだった。 この時間に理恵さんの帰りを待つという事は滅多になく、大抵は既に帰ってきているくらいの時間なのだ。 いつもなら留守番は終わっているはずなのに、僕はまだ番犬を続けていた。 理恵さんだって大学生だ、たまには帰りが遅くなる日だってある。 そう考えを巡らせた瞬間、ある邪な計画を閃いてしまった。 (今なら・・・部屋に入っても大丈夫かもしれない。) 無断で家に上がり込むことを許された番犬にも、無断入室を禁じられている部屋がある。そう、理恵さんの部屋だ。 もちろん、理恵さんがと一緒の時なら普通に入れてもらえる。 「女のコの部屋なんだから、私がいない時に勝手に入っちゃダメだよ。」 昔、そう軽くたしなめられた時の記憶が甦った。 つまりは絶対的な禁止でなく、マナーとして入らないで欲しいというくらいの意味合い。 当時は入るなと言われれば、その部屋に対して何の興味も湧かなかった。 しかし今は違う。ここは理恵さんの・・・、僕が好きな人の部屋なのだ。 二人で居る時には、どうしても部屋をじっくり見て回るようなことはできない。・・・だけど、今なら。 葛藤が落ち着く頃には、既に理恵さんの部屋の前に立っていた。 誰もいないことはわかっているはずなのに、手のふるえは止まらない。物音を立てないよう慎重にドアノブを回す。 ドアの向こうには、見慣れた別世界が広がっていた。 ドアに吸い込まれるようにふらふらと部屋に入った僕は、その真ん中あたりでピタリと立ち止まった。 (入ってはみたものの・・・、何をしたらいいんだろう?) 確かに今なら、理恵さんの部屋の中を見放題だ。しかし、痕跡のようなものは絶対に残してはならない。 いくら姉弟のような関係でも、勝手に部屋を漁るような真似をすれば嫌われるのは間違いない。 どこかに触れればそこから気付かれるかもしれない。何もしなければ侵入した意味がないのに、僕は何もできないままただ立っていた。 欲望に突き動かされるまま入って来てしまったが、リスクを負っただけの無駄足に終わってしまった。 ・・・仕方ない、諦めよう。入って来たドアに足を向けた、その時だった。 「あっ、居た居たー。いらっしゃい、隆くん。」 「・・・っ!?」 目の前に居たのは、他の誰でもない・・・理恵さんだった。 「ごめんね、ちょっとシャワー浴びてて・・・誰か来たかなってのはわかったんだけど。 たぶん隆くんだろうなーとは思ったけど、もし他の人だったらこんな格好で出てけないし・・・。 居間に居なかったから『あれっ?』って思ったんだけど、私のこと探してくれてたんだね。ありがとー。」 「い、いや・・・、あの・・・。」 潜入を見つかったという焦りに加え、バスタオルを一枚羽織っただけの今の理恵さんは、僕にとって刺激が強すぎた。 理恵さんは僕が部屋に入ったことなど気にも留めていない素振りだったが、今の僕にはそんなことに気付く余裕すらない。 「・・・ごめんなさい!」 「ん?」 反射的に口にした謝罪の言葉を、理恵さんはよくわかっていない様子だった。 冷静に話を合わせていれば何の波風も立たなかったかもしれないが、僕にそんなことを判断する力は残されていなかった。 「・・・隆くん?」 「・・・き、今日はもう帰るねっ!」 これ以上ここに居ても状況が悪化するだけだ。 悟った僕は、逃げるように理恵さんの家を飛び出した。 もちろんこれが最善の選択などとは到底思えなかったが、仕方ない。このままここにいたら、どうにかなってしまう。 理恵さんに告白する計画はどこへやら。この日僕は、会った途端に逃げ帰るという最低男になってしまった。 「隆くん、居るー?」 翌日。 一晩寝て昨日のことを大後悔していた矢先、僕を心配した理恵さんが様子を見に来てくれた。 おかしな別れ方をした気まずさはあったが、ここで居留守を使うのはさすがにまずい。 昨日散々悩んだせいか、昨日よりは幾分か冷静だった。 「いらっしゃい、理恵姉さん。・・・昨日はほんとにごめんなさい。」 「ううん、大丈夫。私は気にしてないよ。・・・ちょっとだけびっくりしたけど。」 いつもと変わらない理恵さんの笑顔を見て、僕もほっと胸を撫でおろす。 同時に、告白の決意も固まった。 「理恵姉さん、上がってよ。僕の部屋行こう。」 「うん。それじゃ、お邪魔しまーす。」 今、家には誰もいない。しかし、告白のタイミングで親でも帰って来たらたまったもんじゃない。 決意が揺るがないうちに、早急に二人きりになる必要があった。 僕は理恵さんを自分の部屋に招き入れると、入念に周囲を確認しながらドアを閉めた。 「・・・理恵姉さん。」 焦りからか、飲み物を出すのも忘れたまま。僕はいきなり切り出すことにした。 「理恵姉さんに、言わなきゃいけないことがあるんだ。」 「どしたの?改まって。・・・何かな?」 「ほんとは、昨日言おうと思ってたんだけど・・・。」 そこまで口にして、言葉に詰まる。 好きです、と一言告げるだけでいいのに。その言葉だけがどうしても出てこない。 今日までだらだらと引き延ばしてきた、それを今言わないでいつ言うんだ。 必死に自らを奮い立たせようとしても、長い長い沈黙は守られたままだった。 瞳に涙が溜まりそうになる頃、理恵さんが優しく声をかけてくれた。 「いいよ、言わなくて。」 「・・・えっ?」 ぼやけて見えた理恵さんの顔は、穏やかに笑っているように見えた。 「昨日の隆くんの様子で、・・・わかっちゃったから。」 僕の胸が、ドキドキと高鳴り始めた。 好きな人に気持ちを見透かされた。込み上げる嬉しさとともに、その事実が僕の心を掻き乱している。 気持ちは伝わっている。でも、答えはまだ聞かされていない。 どちらにせよ、明日からは今までのような関係ではなくなってしまうかもしれない。 喜びと不安が混じり合う中で、昨日より幾分か冷静などと言える自分はもう居なかった。 「昨日は、私にそれを言おうとして・・・勇気がでなくて。それで帰っちゃったんだね?」 「・・・うん。」 「それでも・・・、ちゃんと言おうとしてくれたんだから、嬉しい。・・・えらいよ、隆くん。」 告白に対して頭を撫でられるという状況に納得いかないものはあったが、僕としては十分満足だった。 今までは口に出すことすらできなかったのに、理恵さんに直接気持ちを伝えることができた。 それだけでも、僕の心は満たされたのだ。 僕はこの幸せな空間にすっかり酔い、理恵さんの様子の違和感になど全く気付いていなかった。 「・・・でもね、隆くん。」 僕の告白に、理恵さんの声のトーンが少し低くなった。 瞬間、僕は告白の答えがいい結果ではないものだと悟った。同時に、大きな不安に襲われた。 今日告白してしまった事への大きな後悔を胸に、理恵さんの言葉を待つ。 「自分から謝ってくれたってことは、悪い事だってわかっててやったんだよね?」 「・・・はい?」 「『はい?』じゃなくって。ダメなんだよ?勝手に女の子の部屋に入るのは。」 理恵さんは、昨日僕が勝手に部屋に入ったことをたしなめている様子だった。 しかし、この状況でその話を持ち出される意味がどうしてもわからない。 「私も気にしてなかったし、隆くんがごめんなさいって叫んで帰っちゃうまで、何のことだかわからなかったんだけど・・・。 そういえば、入っちゃダメってことになってたなー・・・って。」 どう考えても僕の告白に対する答えではない。それどころか、この様子だと告白しようとしたことすら気付いてもらえていない。 もしかして、理恵さんは最初から・・・。 「隆くんも勇気だして謝ってくれたし、気にしてないよで済ませちゃうのもダメかなーと思って、今日お家まで来たの。 ・・・ちょっとだけ、お尻ペンペンしてあげるね。」 理恵さんは僕が生まれた頃からずっと、僕が本当の弟であるかのように接してくれてきた。 いつもは優しいお姉さんでも、悪さをすれば鬼にもなった。時には、僕のズボンを捲って何度もペンペンとぶつことがあった。 もっともそれは小さな頃の話で、僕が高学年になってからはお尻をぶたれるようなこともなくなった。 いつまでも小さな子供扱いするのはどうか、という理恵さんの気遣いがあったのだろう。 ちょっとだけ、という遠慮がちな言い回しが、本当は叩きたくないんだよという気持ちを押し殺しているように思えた。 僕は自分で、穿いているものを全て脱いだ。穿いたままでも、どのみち理恵さんの手で脱がされることになる。 十二歳にもなってこの格好はさすがに恥ずかしかったが、これから行われることを考えれば些細なことだと自分に言い聞かせた。 「おいで。」 言われるまま、正座した理恵さんの太ももに横たわる。 今の僕には、その場所が昔よりも狭く感じた。少し体を前にずらし、上半身を伏せるように床につけて安定させた。 ペチンッ! 行くよ、の合図もなく始まった理恵さんからのおしおき。 ペチン、ペチンと部屋に響く音は、痛みよりも恥ずかしさを増幅させていく。 「む、隆くん。あんまり痛がってないな?」 「・・・あんまり痛くないかも。」 ここで嘘をついてもバレバレだと思ったので、正直に答えた。 僕は昔からこのおしおきが怖くて、ぶたれる事になるたびにビービー泣いていた。 体も大きくなった今ではそこまでの露骨な拒否反応は示さないが、痛くないものをさも痛そうに演じきるほどの演技力が自分にあるとも思えなかった。 それに・・・このどうしようもない羞恥から逃れるためなら、多少痛くしてくれた方がまだ楽だ。 「そっか、隆くんも大きくなったもんね。・・・それじゃ、ちょっと痛めにするよ?」 パシィッ! 音が変わった途端、お尻に鋭い痛みが走った。 「り、理恵姉さん・・・、今のキツい・・・。」 「そっか。じゃ、これくらいでちょうどいいね。」 ・・・パシィッ!・・・パシィッ!・・・パシィッ! 僕が吐いた弱音から、理恵さんの手はベストな強さを覚えてしまった。 ちょっとだけお尻ペンペンするとは言っていたが、姉として、保護者としての理恵さんがおしおきの手を緩めてくれることなどまずない。 今日は昔と同じように、お尻を真っ赤に腫らすことになるだろう。 でも今日だけは、それでよかった。告白もできず、何ひとつとして自分の思い通りにはならず。・・・ちょうど、泣きたい気分だった。 理恵さんの平手打ちを何度もお尻に浴びながら、僕は大声でわんわん泣いた。 もし親が帰ってきたら、などと告白前に恐れていた危険因子のことなどすっかり忘れて。 理恵さんは結局、最後まで力いっぱい僕のお尻をひっぱたいた。 「ちょっと、たたきすぎちゃったかな・・・?」 久々にたっぷりと時間をかけて打ち据えられた僕のお尻は、漫画の一シーンのように大きく腫れていた。 「いや、僕が悪いんだし。・・・勝手に部屋入ってほんとにごめんなさい。」 「ちゃんとお尻ペンペンもしたんだから、それはもう気にしないの。・・・ね?」 理恵さんは僕を叱った後、絶対にそれを後に引きずらない。 罰を受けたのだからもう終わったこと。してしまったこと自体を忘れなければそれでいいよ、と昔から罰の後にはよく言って聞かされた。 その言葉通り、後から掘り返して叱られるようなことはなかった。 しかし、もし一度叱られたことをまたやろうものなら、とんでもない地獄が待っていた。 いつもの倍ほどのお尻ペンペンを貰い、次の日になっても消えないお尻の痛み。三度目をやろうなどとは冗談でも言えなくなった。 それほどに厳しく、優しい人なのだ。 「怒りすぎて隆くんに嫌われちゃっても、私はこうやって怒るからね。隆くんが立派な大人になるまで。」 「・・・嫌いになんてならないよ。・・・大好きだもん。」 「ふふっ・・・、ありがと。」 不意に口からこぼれ出た好きの言葉。おそらくこれも、理恵さんは弟からの言葉として受け取っただろう。 今はまだ、それでいい。いつか僕が子供扱いされなくなったら、その時はっきり言おう。 他の誰かが理恵さんの隣にいてもいい。 男として、自分の口で伝えるんだ。理恵姉さんじゃなく理恵さんに。 不意に近付いた理恵さんの唇が、僕の右頬に吸い寄せられた。 |
りっきー
2010年03月05日(金) 19時09分27秒 公開 ■この作品の著作権はりっきーさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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いつの間にか感想レスが・・・!ありがとうございます。 >ウィツさん お姉さんに萌えるのは姉がいない人だけ、と聞いたことがあります。 いないと特に同級生の友達のお姉さんとかが綺麗に見えたりするんですよね。 そういえば私の周りにも姉持ちが多かった・・・! >アカトさん お久しぶりです。地獄の底から這い上がって参りました(何 実は他のパターンばっかり書いてて、F/mは久々だったりします。 やっぱり自分の趣向に沿うと書きやすいですねー。でも完成に至るかどうかはまた別の話のようです。 >お茶Kさん 希少な読み手のかた・・・!ありがとうございます。 どちらかといえば私の方が隠れですねってくらいに潜んでるりっきーです。 彼の立場を不憫に思うか羨ましいと思うかは人それぞれ、恋の結末は脳内で補完してくださいませ。 それでは! |
りっきー(復旧コメント) | ■2010-09-15 14:48:01 | ||
w(°0°)w オォー りっきーさんの新作SSが! ‥‥と、初めまして、こんばんは〜。メディスパ時代からの隠れファンだったお茶Kです。 いつもながら微笑ましいお姉さん×男の子なお話で身も心もあったまりました。 恋する少年の切実な想いもまったく通じてない理恵さんさすがw 勘違いし合ったまま話しが進んで、そのままお仕置き直行なんて隆くん不憫すぎます(笑) 今は姉弟でも幸せそうだからいいですけど、いつかその恋が実るよう隆くんには頑張ってほしいものです。 ‥‥でも、ほんわか理恵さんに「付き合う」というムードが理解できるのかは疑問ですけどw 隠れファンから熱烈ファンに昇格したお茶Kとしては、他の姉弟もの執筆もぜひ応援させていただきますっ! |
お茶K(復旧コメント) | ■2010-09-15 14:47:48 | ||
りっきーさん・・・生きてたのか!(えー 「親しい仲だったら無茶振りなどは礼儀のうち」がモットー。 改めまして、おひさしぶりです! 「おひさー!」という感覚と「F/m分じゃ!貴重な正統派(ストロングスタイル)F/m分が投下されたぞ!」という気持ちであふれてます! いつもながらに、によによしいぺちSSでハッピーです! ほえほえしてる理恵姉さんと、基本よいこな隆くんがグッド! ラストでのちうシーンも、よかった! 12歳と20歳・・・あと3〜5年経てば大丈夫じゃね? と思ったり。 血がつながってなくても、姉弟な感じの間柄だったら姉弟ものって言って良いと思うですよ。 前に話したかもですが、ぺちSS書きの「SSの途中で飽きちゃう」ことはめちゃ多いと思うですよ。 「SS書きたくなって、ぺちシーン直前あたりまで一気に書きあげる!」→「飽きた寝る」→「俺たちはまだ始めたばかりだからな・・・この長いお仕置き坂をよ・・・(未完)」ということに。 しかし、自分の未完はもう書きたくないくせして、人には未完のものは書いてほしい!とワガママ言ってみたり。 ではではー! |
アカト(復旧コメント) | ■2010-09-15 14:47:32 | ||
お久しぶりですっ!! 義姉弟シチュ大好物ですっ!!「ちょっと抜けてる」おねーさんは良いですなww 最後の一行にほわわんとしてしまいましたっ! ではではっ、とっても楽しく拝見させていただきましたっ!! |
ウィツ(復旧コメント) | ■2010-09-15 14:47:06 |