短編 星の見える場所で(F/f)
作:りっきーさん
「もう遅いわね。そろそろ寝なさい、千佳。」
「はーい。おやすみなさい、お母さん。」
リビングの壁掛け時計が、夜の九時を告げようとする頃。
少女は一人、いつものように寝室へと足を向ける。
四年生にもなって九時に寝てるの?なんて友達に笑われたりもするけれど。
ちょっと遅くまでテレビ番組なんかを見ていられたって、羨ましいなんて思わない。
早起きして次の日遊べばいいじゃない、って言い返してやりたいくらい。
そう、ちっとも羨ましくなんかない・・・はずなんだけど。
そんな私にだって、少しだけ夜更かししたい夜がある。
それはちょうど、今日みたいによく晴れた・・・星のきれいな夜。
私が星の魅力にとりつかれたのは、三年生の夏休み。
今からちょうど一年前の夏の日だった。
はっきりとは覚えていないけど・・・特別何かがあった日、という訳ではなかったと思う。
なんだか眠れなくて、ふと窓越しに見えた夜空が凄くきれいだった。
うん、それだけは確かに覚えてる。
とてもゆっくり夢を見られるような気分じゃなくなって、ベランダに飛び出したんだ。
それからーーーーーー
「・・・やっぱり、ここが一番きれいに見える。」
私が、屋根の上に寝転がっていた。
そうだ、あの日もこの特等席でずっと星を眺めていたんだっけ。
別に何をするわけでもなく、本当にただ横になって星を見ているだけ。
でも、それがたまらなく楽しかった。
夜更かしした上に一人で屋根の上に登ったなんて知れたら、すんごい怒られるんだろうなぁ・・・、
なんてドキドキもあったかもしれない。
ん?ちょっと待って。確かあの日は・・・。
「・・・あれ?」
何かを思い出しかけたちょうどその時、雨どいの辺りが光っているのに気付く。
月明かりではないことは誰にでもわかる。電灯だ。・・・間違いなく、私の部屋の。
ああそうだ、あの日も消したはずの明かりが何故か点いていて・・・。
私の記憶が一気に戻ってくるのがわかった。
できれば、忘れたままで居たかった記憶が。
「・・・た、ただいま。お母さん。」
「おかえりなさい、千佳。」
ベランダから帰宅したおてんば娘を、お母さんは素敵な笑顔で迎えてくれた。
腰に両手を添えた仁王立ちの、素敵な・・・笑顔で。
「・・・さてと。言い訳は?」
まずい。機嫌が悪いどころじゃない。
どうしようどうしようどうしよう。
「え、えっとね・・・。わっ!」
考える暇も与えられず、腕をつかまれてベッドまで連行される。
言い訳させる気がないなら、最初から聞かなきゃいいのに。
お母さんがボスンと尻餅をつくようにベッドに腰掛けると、私はその膝に吸い寄せられるようにうつ伏せになる。
ああ、万事休す。
「前にも同じ事して怒られたわよね。千佳。」
「・・・はい。」
「反省、してなかったのね?」
「・・・。」
何も言えなかった。もちろん、言い付けを破った自分が悪いのはわかっていた。
でも、もしも・・・また同じ状況になった時。大人しくベッドに入っていられるという自信はなかった。
「ちょっとお尻叩かないとダメ、みたいね。」
パジャマごしにお尻に触れていたお母さんの右手が、スッと離れたのがわかった。
アレが、来る。
私は反射的に、目の前にあった枕の端っこをぎゅっとつかんだ。
パァーーーン!
「・・・っ!」
大きな花火のような音と共に、お尻の左っかわに鋭い痛みが走った。
生地の薄い子供用パジャマは、制服のスカートのようにお尻を守ってはくれない。
そうだ、パジャマのお仕置きはいつもよりも痛いのだ。
思い出したところで、もう遅い。
パァーーーン!
「ひっ!」
今度は右っかわのお尻が悲鳴をあげた。
さっき左っかわにじんわりと残った痛みが、当たり前のように右っかわにもやって来る。
とっととどっかへ行ってほしいんだけど。
「お、お母さーん・・・。もうちょっとだけ、優しく・・・。」
「ダーメ。いつもより痛くされて当然です。あそこは危ないから登っちゃダメだって言ったで・・・しょ!」
パァーーーン!
「あぁーん!」
最初に叩かれたところで、また大きな音が鳴る。
同じような音が鳴っても、最初に叩かれた時より痛い。
実際に叩かれてみないとわからないかもしれないけど。
・・・既に痛いところをもっと痛くされるんだから、当たり前か。
「こういう時に痛がってるわりには、全然懲りてないよね千佳。」
パァーーーン!
「あん!そんなことないー!」
順番通り、またお尻の右っかわを叩かれる。
お尻を叩いている時のお母さんは、ちょっとイジワルだ。
ここで冗談でも、痛くないとか懲りてないとか答えちゃいけない。
一度、強がって「全然痛くないもん!」なんて口走ってしまった事がある。
あの日、私は世界一怖い「あら、そう。」を聞いた。
もし今の時代にタイムマシンがあったなら、私は全力であの日の私を止めに行くだろう。
パァーーーン!
「ひっ!」
お尻に落ちて来るお母さんの平手は、妄想に浸る時間さえも与えてはくれない。
・・・そろそろ他の事を考える余裕さえ無くなってきた。
それでも泣いてないだけすごい、と自分でも思う。同級生なら、男の子でも一発目で泣いちゃってるかも。
「さて千佳、あと何回?」
「・・・えっ?え、えーっと・・・。」
・・・来た。
お母さんはお仕置きの最中、いつも私にこう問いかける。
お母さんのお尻叩きは、回数が決められていない。
私が何をやらかしたかによって、ちょっぴり少なかったりたくさん叩かれたりする。
たくさん叩かれるべき時に少ない数を言うと、反省してないとみなされて数が増える。
ただし、少しのお仕置きで許してもらえそうな時でも、多めに言うときっちりその分叩かれる。
大人ってずるい。・・・まぁそれは一先ず置いておいて。
お母さんの問いかけは、反省の度合いを見るための質問なのだ。
つまりここは、少しだけ多めに申告するのが正解。
去年同じ事をやらかした時は、確かちょうど十回の申告で許してもらえた。
まだお仕置きに慣れていなくて、わんわん泣いた記憶がある。・・・若かったなぁ、私。
でも今度は二度目だから・・・十二回、ってのはちょっと甘すぎるか。
十五回くらい・・・かな。
痛いけど、仕方ない。
「あと十五回、です。」
「・・・いいのね、それで?」
「・・・はい。」
「よろしい。」
読み切った。これが恐らく私にとってのベストな数字。
高名な数学者でさえもこの計算はできないだろう。さすが私。
ダテに何度もお尻ひっぱたかれてるわけじゃないわ!
決して口外できない自慢を内に秘めながら、お尻をグッと上げてお母さんの平手を待ち構える。
相当痛いだろうけど、あと十五回、泣かずに耐えてみせる!
「それじゃ、あと十五回ね。」
グィッ。
「へ?」
叩かれる覚悟とともに掲げたお尻から、それを覆っていたものが剥ぎ取られる。
本来真っ白であろう左右のお尻は、共にほんのりとピンク色に染まっていた。
「ちょちょちょ、ちょっとお母さん!?」
「何よ?」
「下着おろすなんて聞いてないよぉー!」
「言ってないもの。これぐらいしないと反省しないだろうし。」
「やだぁー!」
パチン、パチンと響く音と、大袈裟におてんば少女が喚く声。
夜空の星達が見守る中、次第に泣き声が混じっていく。
また次の年も、同じ光景を見る事になるのだろうか。
星達だけが、その結果を知ることになるだろう。