温泉旅行(F/m)
ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・
季節は春を迎え、ポカポカ陽気の日々が続いている。
巷では、花粉症や下火にはなってきたものの、この冬猛威を振るってきたインフルエンザの影響からか、マスクをしている大人子供が何人か見受けられる。
そんな中、花粉症や病気に無縁そうなある母子二人が電車に揺られながら楽しそうにおしゃべりをしていた。
「ねえママ、今日行く旅館ってどんなところなの?」
「うーん・・・私も友達の紹介で予約したから詳しいことはわからないけど、いい所らしいわよ。山奥にあってちょっと遠いんだけど温泉はあるし、食べ物も美味しいって。」
「へえー。」
「あ、それにこの旅館は女将さんが一人で食事やら何やらお世話をするらしくて1日2組ほどしかお客さんを泊めないみたいなの。だから、静かでゆっくりとくつろげると思うわ。」
「ふーん。でも、その女将さん大変そうだね。一人でたくさんお仕事してて。」
「そうね。一体どんな感じな所なのかな?楽しみね。」
「うん!」
春休みを利用しての一泊二日の温泉旅行。母親の大谷詠美(おおたに えいみ)とその子供の大貴(だいき)はこの日を非常に楽しみにしていた。本来は父親も含めた三人で行く予定が急な会社の接待が入ったため、母子二人だけで行くこととなった。そして、大貴にとっては生まれて初めて温泉に入れるということもあり、前日から胸をわくわくさせていたのだった。
それから電車で1時間、さらにバスで2時間かけ、夕方になってようやく目的地である旅館に到着した。
[憩荘(いこいそう)]
これがこの旅館の名前である。さほど大きくはないが、見栄えはよく古風な雰囲気が漂い、趣きのある建物であった。
ガラガラガラ
入り口の戸を詠美が開けると、玄関にはすでに正座をして頭を下げている着物を着た一人の女性の姿があった。
「ようこそいらっしゃいました。遠いところから来て頂いてありがとうございます。」
そう言いながら、その女性は顔を上げる。
「女将の尾原(おはら)と申します。よろしくお願い致します。」
「あ、こちらこそお願いします。予約した大谷ですけど・・・。」
あまりにも丁重に迎え入れてくれたため、少し戸惑い気味に話す詠美。詠美の側にいた大貴もまたその女将を物珍しげにじっと見つめている。ほんのり薄化粧をした綺麗な女性、まだ30代前半から半ばくらいの歳であろうか。
「はい、存じております。大谷様、どうぞこちらへ。」
女将は立ち上がり、詠美の手荷物を預かると、そのまま二人を部屋へと案内した。
「こちらが鶴の間でございます。」
女将に一番奥にある部屋へと案内され、詠美と大貴は部屋中を見回す。
「うわぁー、広いお部屋だこと。二人じゃもったいないくらい。ねっ、大貴。」
「うん、そうだね。」
「それに、景色も素晴らしいわぁ。ほらほら大貴、山の向こうに滝が見えるわよ。」
「ほんとだー。」
子供のようにはしゃぐ詠美と大貴の様子に、女将は笑顔で二人に話しかける。
「食事はあと1時間ほどで用意致しますので、それまで温泉に入ってはいかがですか?外の方には露天風呂もありますので。」
「あら、そうなの?露天風呂があるなんて聞いてなかったわ。」
「はい。普通のお風呂とは別に用意しております。時間制で2時間おきに男性女性が交代で入浴して頂くようにしてもらっています。ですが、今日は特に時間を区切ってませんのでいつでもお入りになられますよ。」
「え?」
「実は大谷様の他にもう一組ご予約があったのですが、身内に不幸があったとのことで突如キャンセルされたので、今日のお客様は大谷様だけなんです。」
「えーっ!じゃあ、今日は私たちだけの貸切ってこと?」
「そういうことになります。なので、まわりに遠慮なさらずにごゆっくりとお楽しみ下さい。」
女将からお客が自分たちだけという意外な事実を聞き、貸切という優越感により詠美のテンションがあがっていく。
「よーし、それなら早速だけど露天風呂に入りましょ。大貴、浴衣に着替えたらすぐに行くわよ。」
詠美はそう言うと部屋の奥の方へ行き、ゴソゴソと着替えの準備を始めた。
「もう、ママったら・・・そんなに急がせないでよ。」
そんな母子のやりとりを見て女将は顔を隠しながらクスクスと笑いながら大貴の方へと歩み寄り、中腰になって大貴に話しかける。
「フフフ。いいお母さんね、僕。」
「うん。ちょっと、そそっかしいけど。」
「アハハハ。僕、お名前は確か・・・大貴くんだっけ?さっきお母さんが言ってたけど。」
「うん。」
「いくつ?」
「9歳。4月から4年生。」
「そっか・・・。ここはまわりにはお店もないし、子供には退屈するかもしれないけど、何かあったらおばさんに何でも言ってね。できるだけのことはしてあげるから。」
「うん!ありがとう、女将さん。」
「うーん。なんか子供に女将さんと言われるのはちょっと照れるわねぇ。えーとね、私の名前は幹江(みきえ)。
幹江おばさんって呼んでくれるかな?大貴くん。」
「うん、わかった!幹江おばさん。」
「はい、いい子ね。それじゃ私は食事の支度を始めるから、お母さんとゆっくり温泉を楽しんでね。」
「はーい!」
幹江は大貴の頭を撫でながらそう言うと、一礼をして部屋から出ていった。
「わあー、すごいねぇ。」
詠美は目の前の露天風呂を見渡し、驚きの声を漏らす。
大きな露天風呂、山々に囲まれた絶景、正に最高の贅沢といえよう。
「おーい、大貴。何してるの?早くおいでー。」
「待ってよぉー、ママー。」
詠美に少し遅れて大貴も脱衣所から露天風呂へとやってきた。
「うわぁ、でっかいお風呂。」
「そうね、地元の銭湯のお風呂も大きいけど、ここはそれ以上ね。」
「中で泳げそう・・・。」
「こらこら。いくらお客が私たちだけだからって、あまり騒いじゃダメだからね。これからママと一緒に体をよく洗って、きちんと泡を落としてからお行儀よく入るのよ。わかった?」
「うん!」
大貴の元気のよい返事が周辺の山々へ響き渡った。
それから数分後、詠美と大貴は二人並んでお風呂に入っている。詠美は体にバスタオルを巻いた姿、大貴は裸で頭にタオルをのせた格好で、共に気持ちよさそうな表情をしている。しばらくすると、
「ねえ、大貴。」
「何?」
「これからママとどっちが長くお風呂に入っていられるか競争しよっか?」
「うん、いいよ。僕、負けないもん。」
「ママだって負けないわよ。よーい、スタート。」
こうしていきなり始まった親子ゲーム。果たして勝利の女神が微笑むのはどちらか・・・なんて言ってる間に2分たたないうちにお風呂から出たのはなんと詠美の方であった。
「あー、ママが先に出た!ママの負けー!」
「ふ、ふーんだ。これ以上やったら大貴がムキになってのぼせたらいけないと思って、ママの方から負けてやったのよ。」
詠美はそう言うと風呂周りの岩場に腰掛け、足だけをお風呂に入れ、パチャパチャと音をたてる。
「嘘だー。もう我慢できなかったからやめたくせにー。」
「う、うるさいわね。子供を気づかう母心がわからないの?」
「やーい。ママの負けー!ママの負けー!!」
「もう、ママを馬鹿にして!えいっ!」
詠美は足を跳ね上げると、その水しぶきが大貴の方へと向かう。
バチャ
「うひゃっ!」
水しぶきが見事に大貴の顔に当たる。
「やったなぁ、ママ!」
今度は大貴が思いっきりお湯を両手ですくいあげると、お返しとばかりに詠美にぶつけてきた。
バチャーン
「キャー!・・・ケホッ、ケホッ、ケホッ!」
ジャストミートとはこの事だろう。そのお湯の固まりは詠美の顔面に命中し、お湯が鼻に入ったのか何度か咳込んでしまう。
「・・・大丈夫?ママ。」
さすがにやりすぎたと思ったのか、大貴はおそるおそる詠美に近づく。すると、
バッ
「うわっ!」
大貴はいきなり詠美に手を引かれると、思わず声をあげる。そして、そのままバスタオル姿の詠美の膝の上にうつぶせにされてしまう。
「こらっ!ママにこんな事して・・・こんな悪い子はこうです!」
ピシャン!ピシャン!ピシャン!ピシャン!ピシャン!
ピシャン!ピシャン!ピシャン!ピシャン!ピシャン!
「・・・つっ!・・・あっ!・・・いっ!・・・痛っ!・・・痛いっ!」
詠美は丸裸である大貴のお尻に何度も手を振り下ろす。見てのとおり、お尻ペンペンのお仕置きであるが、厳格な雰囲気はなく、詠美の表情には笑みが見られ、やれやれといった感じで行なっている。当然思い切り叩いている訳ではなく、大貴も突然のお仕置きに驚き、痛がってはいるが、実際に本気で叱られてお仕置きされるときと明らかに違うことはすぐにわかってしまう。
ドポーン
10回ほど叩き、お尻の二つの山のてっぺんがほんのりピンク色に染まったところで、詠美は大貴を膝の上から転がすように、そのままお風呂の中へと落とした。
「グワハッ!・・・ゲホ、ゲホ、ゲホッ!」
今度は大貴はその場に起き上がり、大きな声で咳込んだ。
「うーっ・・・ママったらひどいや。」
「当然です。あんなことして・・・ママびっくりしたんだから。」
「でも・・・先にやったのはママなのにー。」
「それでも加減というものがあるでしょ?ママがやったのなんか可愛いものじゃない?」
「・・・・。」
大貴は詠美の説明に納得せず、無言で顔をふくらませる。
「んもう、そんなにすねないの。ママも悪かったわ。お風呂から上がったらフルーツ牛乳を買ってあげるから機嫌直して、ねっ?」
「・・・フルーツ牛乳。」
詠美からの黄金の誘惑に大貴は唾を飲み込み、詠美に対する不満があっという間に消えた。それにいち早く感づいた詠美は、
「でも、まだ怒ってるんだったら別にいいわよ。ママ一人で飲んじゃうから。」
そう意地悪っぽく言い放つと、
「わー、ごめんなさーい!僕が悪かったですぅ。もう怒ってませーん。」
「そう?じゃあ、そろそろ戻ろっか?」
「はーい!!」
大貴の調子のいい返事が再び周辺の山々へ響き渡るのであった。
「あー、おいしかった。温泉も良かったけど、料理も最高ね。」
「うん。すっごくおいしかった。」
「あの女将さんはすごいね。一人でこれだけ作っちゃうんだから。」
「そうだね。ママとは大違い・・・。」
「大貴、何か言った?」
「う、ううん。何でもないよ。」
「全くもう・・・フフフ。」
「へへへへ。」
外は日が暮れて夜となり、詠美と大貴は夕食を済ませて部屋でくつろいでいた。もうすでに布団は敷かれており、いつでも休めるようになっている。
するとここで、大貴は立ち上がって部屋を出ようとする。
「あら、大貴。どこへ行くの?トイレ?」
「ううん。ちょっと幹江おばさんに何か遊べるものないかなって聞きに行こうと思って・・・。」
「そう?でも、女将さんは忙しいんだからあまり迷惑を掛けないようにね。」
「うん!」
「それじゃ、ママは一人でこれを楽しむとしますかね。」
「あ、それって確か幹江おばさんからさっき・・・。」
「そっ、今日来る予定のお客さんに注文されてたけどキャンセルされちゃった高級ワインだって。サービスでもらっちゃった、フフッ。」
「あんまり飲みすぎちゃダメだよ、ママ。」
「わかってるって。じゃあね。」
詠美に手を振られ、大貴は部屋を後にした。
廊下を歩いていると、何やら厨房の方から物音が聞こえてきたので大貴は小走りに厨房へ向かう。そしてそこには、先程自分たちが食事で使った食器類を洗っている幹江がいた。
着物の上にエプロンをしたその姿は、女将さんというよりお母さんという雰囲気を感じさせる。
「こんばんは。」
「あらぁ?大貴くん、こんばんは。おばさんに何か用かな?」
「え、えーと・・・な、何か僕がお手伝いできることない?一人で大変そうだし・・・。」
「アハハ、別にいいのよ気を使わなくても。これがおばさんのお仕事なんだから。」
「でも・・・僕も何か役に立てたらなあと思って・・・。」
大貴はモジモジしながらそう言うと、そんな大貴を見て幹江はにっこり笑って、
「うーん。そうねえ、じゃあお言葉に甘えようかな。おばさんが洗った食器を布きんで拭いて、そのカゴに入れてくれる?怪我をしないように気をつけてね。」
「はーい!」
詠美の言葉に大貴は大きな返事をして早速作業に入ると、大貴はテキパキした動きで次々とお皿を拭いていく。そしてそんな大貴を幹江は横目で見ながら、自然と笑みをこぼしてしまうのであった。
それから十数分後、無事に作業が終了し、
「はい、これで最後。ありがとう、大貴くん。とっても助かったわ。」
そう言って幹江は大貴の頭を撫でる。
「エヘヘ。僕、何なら明日の朝も手伝うよ。」
「ウフフフ。」
無邪気な大貴に思わず笑い出してしまう幹江。すると、
「あれ?」
幹江はふとある事に気付く。
「どうかしたの?幹江おばさん。」
「大貴くんの浴衣の背縫いの部分がほつれてるわ。」
「へ?」
「ほら、ここ。おばさんが直接触ってるのがわかるでしょ?」
こう言いながら、幹江は大貴の背中をそっと触ってみる。
「あ、うん。幹江おばさんの指が背中に入ってきてる。」
「せっかくの可愛いお客さんに対してこれじゃいけないわ。すぐに直してあげるから、これからおばさんのお部屋にいらっしゃい。」
「えっ?」
「それにお手伝いをしてもらったお礼にフルーツ牛乳をごちそうするから、ねっ。」
「うん!」
フルーツ牛乳か、それとも幹江と一緒にいられることが嬉しいのか大貴は機嫌よく幹江と手をつなぎながら厨房を出て廊下を歩いていくのだった。
旅館の玄関付近、客室とは正反対の方向に10mほどある渡り廊下があり、そこを歩いていくとある個室へとつながっていた。そう、そこが従業員専用部屋いわゆる女将である幹江の部屋であり、旅館の関係者以外は立入禁止となっている。とはいえ、関係者は幹江だけであるのだが・・・。
「さっ、お入りなさい。」
部屋の鍵を開け、戸を開けるとそこには十畳以上はある広い和室となっていた。家電に家具それに様々な生活用品があり、まさしく幹江の公私の生活のための拠点といえよう。
「ちょっと待っててね。今、準備するから。」
幹江は裁縫道具を取りにいくと、大貴は少し緊張した面持ちで、ただその場にそわそわしながら正座をするのであった。
「はいはい、お待たせー。」
それほど待たせることなく幹江が裁縫箱とフルーツ牛乳を持ちながら、大貴の真向かいに自分も正座をした。そして、大貴にフルーツ牛乳を渡し、裁縫箱から針と糸を取り出して裁縫の用意を始めると、
「あ、僕、これ脱がなくちゃ。」
大貴は慌てて浴衣を脱ごうとすると、
「待って。いいわよそのままで。だって、それ脱いじゃうと大貴くんはおパンツ一丁になっちゃって寒いでしょ?」
「え?じゃあ、どうしたらいいの?」
大貴は首を傾げながら聞くと、幹江はポンポンと自分の太もものあたりを叩いて、
「ここにうつぶせになりなさい。」
「ヘ?」
「そうすれば背中が近くで見れるから裁縫がしやすいでしょ。大丈夫、大貴くんの体に針は絶対刺さないから。」
「でも・・・。」
「それとも、おばさんの腕が信用できない?」
「う、ううん!そんな事はないけど・・・。」
「それなら、はやくいらっしゃい。」
「うん・・・。」
大貴はそのまま正座したままで畳を膝で擦りながら幹江の側に寄ると、大貴はおそるおそる幹江の膝の上に自分の体を預けた。すると幹江の温もりが自分のお腹あたりから徐々に体中へと伝わってくる。物心ついてから母親以外の女性の膝に乗るのは初めてであり、母親の場合は甘えて抱っこしてもらうとき、
おなじみの膝枕、そして・・・先程、露天風呂でされたあの行為のときの3つのパターンが存在する。大貴はそんなことを思い出しながら、子供ながらに胸をドキドキさせてしまうのだった。
「はい、いい子だからしばらくあまり動かないでねー。あ、そうそう、それ飲んでいいから。」
「う、うん。」
大貴はコクリと頷くと、幹江からもらったフルーツ牛乳をゆっくりと飲み出した。
あれから10分ほど過ぎただろうか、その間、幹江の部屋では楽しそうなおしゃべりが続いていた。大貴は最初は緊張していたが幹江が優しく自分に接してくれることによりそれがすっかりと解け、自分の近辺の事などを洗いざらい話すと、幹江もまた子供の大貴に話を合わせるように相槌を打ちながらしっかりと聞いてあげるのだった。
一番盛り上がったのは、詠美と幹江が同い年だったと判明したときで、大貴が「幹江おばさんの方が若く見える」と言って、幹江が「おばさんは嬉しいけど、そんなこと言ったらお母さんに怒られるわよ」って言葉を返したときで、二人とも大笑いしてしまうのであった。そして、そんな会話が一息ついたところで、
「はい、できました。」
幹江は大貴の浴衣を直し終わり、大貴の背中をポンと叩く。
「ありがとう、幹江おばさん。」
「いやいや、おばさんの浴衣の管理が悪かったせいなんだからお礼なんて言う必要はないのよ。」
そう言いながら、幹江は大貴の頭を撫でてやると大貴は少し照れながら頬をポリポリとかく。そんな大貴を見て、幹江は突然思い出したかのようにこんなことを話し始める。
「あ、そういえば大貴くんさ、さっき露天風呂でお母さんにお尻ペンペンされてたよね?」
「・・・・!!」
思いがけない幹江の言葉に大貴は絶句する。
「食事の支度が一段落したから、おばさん様子を見に行ったんだ。そうしたらそんなことになってたからびっくりしてね。でも、そのままずっと見てたら二人ともニコニコしてたから、ああ、これはお母さんは本気で叱ってはいないとすぐにわかったけどね。」
「・・・・。」
「ねえ、でもなんでそうなっちゃったのかな。よかったらおばさんに教えてくれない。」
「う、うん。」
大貴は一瞬迷ったが、すでに見られているのだから隠すことはないと思い、幹江に事の次第を説明する。すると、
「アハハハ、やっぱり面白いお母さんね。ゲームに負けて、言い争いの末に起きたことだとはね。」
「・・・ママが大人気ないから悪いんだよ。」
「そうね、でも大貴くんも悪気はないとはいえ、お母さんを馬鹿にするようなことを言ったりするのは良くないわよ。もし大貴くんがおばさんの息子だったら、お尻丸出しにして手加減一切なしのお尻ペンペン100回ってところね。フフッ。」
幹江は笑みを浮かべながら、いたずらっぽくそう言うと幹江の手は大貴の頭から背中をツーとなぞるように動き、最後にはお尻に到達し、そのままゆっくりと撫で始める。
「ひっ!!」
大貴は幹江のその言葉と行動に驚き、思わず声をあげる。その声を聞いて幹江は、
「フフッ、ごめんね脅かして。だって・・・大貴くんとお母さんがすごく仲が良くてちょっとうらやましいと思ったから。」
そう言った途端に、先程までの笑顔がなぜかスーッと消えていく。そんな幹江を不思議に思う大貴に対し、さらに話を続ける。
「実はおばさんにも息子がいるの。あ、正確に言えば息子がいたと言った方がいいかな。4年ほど前に死んじゃってね、父親と一緒に。」
「えっ!」
突然の告白に驚きを隠せない大貴。そのままじっと幹江を見ながら話を聞く。
「裏の山に山菜を取りに出掛けて・・・前日雨が降ってたから足元には十分気をつけてと言ったのに・・・二人して崖の下へ・・・。」
「・・・・。」
「そして、私は一人ぼっちになって主人が建てたこの旅館を引き継いで・・・毎年お客さんは来てくれて暮らしはそんなに苦しくないけど・・・あの事を思い出す度に悲しくなっちゃって。あの子・・・大地(だいち)がもし生きていれば大貴くんと同じ9歳だから、元気に学校へ行ってただろうなってね。」
「幹江おばさん・・・。」
「あ、ごめんね。こんな暗い話して・・・今、おばさんの言ったことは全部忘れていいから・・・。」
幹江は大貴に気を使い、そう言いながらも感極まったのか幹江の目から光るものが溢れてきた。
ポタッ・・・ポタッ・・・
その雫は一つ二つと大貴の背中に落ち、直したばかりの浴衣に染み込んでいく。そしてポツリと一言、
「私も、あの時一緒に行って、死んでしまっていたらよかったのかな・・・。」
「・・・・!!!」
この衝撃的な言葉を聞いた大貴は動揺し、頭の中がパニックになった。しかしながら、明らかに間違っている幹江に対し、大貴はだんだんと顔を紅潮させて、
「ママの馬鹿っ!」
「えっ?」
突然の大貴の怒りの叫び声に幹江は驚き、流れる涙を拭う。
「死んでしまえばよかったなんて言うな!そんなこと言うな!!大地はママが死んでほしいなんて絶対思ってないよ!!」
「・・・大貴くん。」
「だからもう死ぬなんて言うな!ママの馬鹿馬鹿大馬鹿ー!!うわぁーん!!!」
まるで天国にいる大地の代弁をした形で大貴は言いたい事を全て言うと思い切り泣き出した。そんな大貴を幹江はただ唖然として見ていると、生前の大地の面影が目の前に浮かび、そのまま大貴と重なっていく。
(そうか・・・大地がママを叱りに来たんだね。大貴くんと一緒に・・・)
幹江はふとそう思い、自分が言ってしまった言葉をすごく後悔すると共に
自分を心から叱ってくれた大貴にとても感謝したのだった。
(大貴くんに謝らないと・・・)
幹江は自分の膝の上ですすり泣いている大貴に声を掛けようとする。すると、その前に大貴の方から思いもよらなかったことを言われるのだった。
「・・・ごめんね。」
何と大貴の方が幹江に謝ってきた。
「大貴くん、何言ってるの。謝るのはおばさんの方だから・・・。」
「ううん、僕が謝ってるんじゃないの。大地くんが謝ってるの。ママのこと馬鹿馬鹿いってごめんなさいって。」
「・・・・!」
大貴の言葉に驚く幹江。しかし、さらに驚くべきことがその先に待っていた。
「でも、幹江おば・・・じゃなくて幹江ママは謝っても許さないんだよね。ママを馬鹿にするような子にはどうするかさっき言ってたし・・・。」
「大貴くん・・・あなたって子は・・・。」
幹江は涙目になっている大貴の表情をまじまじと見てすぐに察知した。
自分を大地と一緒になって叱り、今度は言い過ぎたことを叱ってほしいという大貴の思いを・・・。
幹江は胸がいっぱいになった。この子にそんなことはできない。しかし、自分を立ち直らせてくれた大貴に感謝の意を示すためにも、自分のやるべきことは一つしか思いつかず、悩みに悩んだあげくついに・・・。
ババッ、ズルリ
「いっ!」
幹江は大貴の浴衣の裾を捲くりあげ、真新しい白いブリーフを露にしたと思いきや、さらにそれを素早く膝小僧のあたりまで下ろし大貴の小さなお尻を丸出しにする。ついさっき詠美に叩かれた影響はすでに残っておらず、真っ白なお尻が幹江の目の前に現れた。いきなりこんな風にされ大貴はびっくりしてしまうが、幹江の行動は止まらない。
「こらっ!ママに向かってなんて事を言うの!ママはこんな子に育てた覚えはありませんよ!もう二度とそんな口が利けないように、これからママがたっぷりとお尻ペンペンしてあげますからね!!」
こう叱りつけると、片手でガッチリと大貴の体を押さえつけ、直前まで大貴のお尻を撫でていたもう一方の手をすぐさま振り上げる。大貴もすでに覚悟を決めているのか、身を縮めて自分にこれから与えられる言わば「愛のムチ」に備えようとする。しかし、それより早く大貴のお尻に幹江の手が鋭く振り下ろされてしまうのだった。
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!バシーン!
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!バチーン!
「・・・いっ!・・・いっ、いっ、いっ、痛ったぁーい!!」
お尻を剥き出しにされてから恐らく10秒もたっていないだろう。全く無防備のお尻に幹江からの強烈な平手打ちの連打を食らう大貴。母親の詠美以外からお尻ペンペンのお仕置きをされるのは初めてのことではあるが、詠美でさえもこれだけ強く叩くことは今までになく、回数も多くて20回程度であった。
しかし、幹江の大貴に言ったあの言葉が有言実行されるとなると、単純計算で詠美の5倍の回数のお尻ペンペンがさらに威力もアップされた形で大貴に炸裂することになる。とはいえ、大貴にはそんな事を頭で計算する余裕など全くなく、休むことなく叩き込まれるお尻への平手打ちにただただ必死に耐えるだけであった。
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!バシーン!
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!バチーン!
「・・・痛っ!・・・痛いっ!・・・痛いっ!・・・ひいいっ、痛ったぁーい!!」
一言の言葉を発することなく、ひたすら厳しくお尻を叩き続ける幹江。みるみるうちに赤くなっていく大貴のお尻。しかしながら、幹江の表情は怒っているというよりむしろ悲しげであり、大貴に対する感謝の心を持ちながら、その恩人のお尻に痛みを加えていくという矛盾した行為を行なうことに少しずつ戸惑いを感じてくるのだった。
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!バシーン!
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!バチーン!
「・・・びいっ!・・・ぎいっ!・・・ぴぎぃー!・・・うっ、うっ、うぎゃあーん、あーん!!!」
30回ほど叩いたところで、とうとう大貴は大きな声で泣き叫んだ。そして、その声を耳にした幹江はハッとする。
(いけないっ!)
そう思いながら即座に大貴を起こして自分の胸にぎゅっと強く抱きしめた。
「ごめんね!ごめんね、大貴くん。おばさん、つい・・・。」
幹江は何度も何度も大貴に謝りながら、詠美の時とは雲泥の差と言っていい大貴の赤く腫れあがったお尻を無我夢中で撫でる。
「うええーん。えーん。ぐすっ、ぐすん・・・。」
幹江の胸に抱かれ、だんだんと落ち着きを取り戻し、泣き止もうとしている大貴。
「大事なお客さんにこんなことしてしまって・・・今からお母さんにも謝ってくるからね。」
そう言うと、幹江はその場を立ち上がろうとする。すると、すぐに大貴は首を大きく横に振った。
「いいの・・・僕が悪い子だからお尻ペンペンされたんだから・・・ごめんね・・・ママ。」
「・・・・。」
あくまでも、最後まで大地となって幹江に接する大貴の優しさに、幹江は声を詰まらせた。そして、お尻を撫で続けながらもう一度大貴を強く抱きしめると、
「もうっ、しょうがない子ね。今回はこれで許してあげるけど、今度悪さしたらもっとたくさんお尻ペンペンして、もっともっと真っ赤っ赤にしてあげますからね。わかった?」
「・・・うん。」
幹江もまた母親として大貴に接し、厳しい言葉を掛けたものの大貴を赤ん坊みたいに優しくあやしながら、目から再び涙をこぼすのであった。
ブロロロロ・・・
翌日。大貴と詠美は帰りのバスに乗りこんでいた。
「あー、旅行楽しかったね。ね、大貴?」
「うん、楽しかった・・・けど。」
「けど?けどって何?」
「僕、すごく恥ずかしかったんだよ。幹江おばさんと一緒に部屋に戻ったら、ママ窓開けっ放しにして椅子に座ったまま酔っ払ってグースカ眠ってるんだもん!」
「おーい、グースカは失礼でしょ。」
「それから二人でママを布団まで運ぶの大変だったんだからね!ママ凄くお酒臭かったし・・・。」
「はいはい、それは悪かったわ。だからさっき女将さんにも謝ったでしょ。」
「もう、今度来る時はちゃんとしてよ。大体、一人であのもらったお酒全部飲むから悪いんだよ。」
「だって残したらもったいないじゃない。山々の夜景を見ながら飲んでたらつい気持ち良くなっちゃったんだから。」
「・・・ダメだこりゃ。」
大貴は呆れてため息をつく。すると、
「ところで、大貴は昨日女将さんと何してたの?」
今度は詠美の方から大貴に問いかける。
「え?あ、あのね、お手伝いして、幹江おばさんのお部屋でお話して、それから・・・。」
「それから?」
大貴は少し躊躇しながらもはっきりとこう言った。
「・・・一緒に露天風呂に入ってた。」
「露天風呂?へー、ママ以外の女の人とお風呂に入るなんて・・・いい思いしたねぇ。」
「そんなんじゃないもん。ちょっと汗かいちゃったからお風呂入ろって言われて・・・。」
「ふーん。そっか、だから今日ママが朝風呂誘ったのに断わったのはそのせいか・・・理由もはっきり言わなかったし。大貴はまだ小学生なんだから別に恥ずかしがる事ないのよ。」
「んもう、その話はもうやめようよ!」
「フフフフフ・・・また夏休みに来ようね。今度はパパも一緒に。」
「うん!!」
大貴は大きな声で返事をした。さすがにまさか幹江にお尻ペンペンされてたなんて口が裂けても言えるわけがなく、朝風呂を断わったのも真っ赤なお尻を見られたくなかったということも理由に含まれている。
しかしながら、大貴のお尻はまだヒリヒリするものの痛みは大分和らいでいた。歩く姿もそれほど変ではなく、詠美にも不審に思われなかった。
(これも、温泉のおかげかな?)
昨日の夜、あれから幹江に露天風呂に連れられ、二人で一緒に入った。幹江が正座して入っているその膝の上に、痛むお尻をゆっくりと乗せて大貴は温泉につかる。しみるしみると泣き声になる大貴に、いい子だから我慢しなさいと諭す幹江。どうやらこの温泉は打ち身・打撲によく効くらしく、これぐらいだったら1日で良くなると幹江に言われ、それを信じてみたところ、大貴が想像してた以上の結果が出た。
(楽しかったなあ・・・)
大貴は旅館での出来事を思い出しながら、満足そうにバスの天井を見上げる。すると、幹江との別れ際にポツリと耳元で言われた言葉をふと思い出す。
「今度来た時は・・・最後までやるからね。」
それを聞いた瞬間、大貴は背中がぞっとした。しかし、満面の笑顔でウインクする幹江を見て、
「まっいいか、絶対また来よう」という気持ちになってしまうのであった。
暖かい気候、雲一つない空の下、バスは揺れながらゆっくりと走っていく。大貴は詠美と共に気持ちよさそうにしばらく眠っていた。
おまけ(数ヵ月後の夏、憩荘(IKOISO))
※ローマ字を逆から読んでください(余談)
「いやー、いいところだねここは。空気もうまいし、夜景もこんなにきれいだし。」
「でしょ?」
「それに温泉も料理も文句なし。仕事の疲れが吹っ飛んだよ。前回来れなかったのはもったいなかったな。」
「ま、それはお仕事だったから仕方ないとして、今回は親子三人で来れたんだからいいでしょ。」
「全くその通りだな。ところで詠美、大貴の姿が見えないがどこへいったんだ?」
「ああ、あの子なら女将さんのお部屋へ行ったわよ。」
「へ?」
「あの子、ここの女将さんが気に入ってるみたいなのよ。またここに来るのをすごく喜んでいたから。」
「うーん、知らないうちに大貴もませてきたな。まあでも、あんなに美人で着物を着ててわかりにくいがおっぱいもお尻もかなり大きいし、子供でも惹かれるのは無理ないな。あれで詠美と同い年とは信じられ・・・。」
「あー!なー!!たー!!!」
「あ・・・も、申し訳ございません!私が一番愛しているのは容姿端麗の詠美様でございます!!」
「ふん。よく言うわ。」
「さ、さっ、これで機嫌直してくれよ。前回お前が美味しいって言ってたワインを用意してもらったんだからさ。」
「・・・そうね、頂くわ。」
トクトクトク、トクトクトク
「うん、いい赤色をしてる。さすが高級ワイン。」
「今日は二人で存分に楽しみましょ、あ・な・た。」
「おいおい、大貴もいるんだぞ。」
「大丈夫、大貴は女将さんの部屋で寝るって。迷惑だと思ったけど今回もたまたまお客が私たちだけって話で女将さんも快く承諾してくれたわ。」
「そっか、じゃあ遠慮なく・・・二人の夜に乾杯!」
「乾杯!」
チン
「・・・ん?」
「どうしたの、あなた?」
「何か聞こえないか?」
「え?」
・・・ッ、・・・バシーン、・・・バチーン
「何だろうなこの音?」
「そうねえ・・・あ、多分、山の向こうでお祭りやってるんじゃない?夏だし。」
「なるほど。じゃあこれは花火の音か?」
「そうそう。音が比較的小さいのはけっこう遠いところでやってるからじゃないの?」
「そう言われてみるとそうかもしれないな。しかし、山で花火が見えないのは少し残念だな。」
「フフッ、音だけでもいいじゃない。これ以上贅沢言うとバチがあたるわ。」
「ハハハ、それもそうだな。」
・・・バチィーン、・・・バシィーン、・・・バッチィィーン
「さっきよりも少し音が大きくなったな。」
「うん・・・あれ?何か子供の声が聞こえない?はしゃいでるような、騒いでいるような。」
「いやいや、それは気のせいだろ。いくらなんでも人の声はここまで聞こえはしないさ。」
「そうね・・・。」
こんな会話を交わしながら、ワインを片手に仲むつまじい夫婦。そして彼らは今、息子が離れた別室で美人女将の膝の上にお尻を出して、高級ワインに負けないくらい真っ赤っ赤にそのお尻が染めあげられていることは知る由もない・・・。
星空が美しいその夜の間、美人女将のしなやかで力強い手により、架空の花火が100発見事に打ち上げられた。